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先輩医師インタビュー

常に、患者さん第一、と思ってやっています ― 北野医師

インタビュアー 島内代表 / 桑原副代表(2017年9月)

あれから20年近く経ちました。島内代表と桑原副代表と3人で昔の懐かしい写真を見ています。
「みんな若いですね(笑)」と北野先生。
3人の思い出話は尽きません。

順天堂大学付属練馬病院勤務
北野 裕巳さん
(1999年度昼間部在籍)
サン・キタノクリニック
(インタビュー当時)
インタビュー

では、そろそろインタビューを…というところでなぜか島内代表は退席…えっ?(一同苦笑)
北野先生「さすが島内先生、そういうところも変わってない(笑)」

桑原 今日はお忙しい中、どうもありがとうございます。いまはお父様の病院を継がれて、開業されているんですよね。

恵比寿にある『サン・キタノクリニック』という病院です。私が医学部に入った2000年に父が開業しました。地域に密着した医療を目指して開いた病院です。父も私も、もともと消化器外科が専門ですので、消化器疾患を中心に生活習慣病なども含めてさまざまな病気の診療をしています。胃カメラや超音波検査なども行っています。

桑原 お父様の後を継がれて何年くらい?

一昨年、父に病気が見つかり、昨年の4月に父と一緒に医師2名体制で診療を始めました。9月に父が亡くなりましたので、ひとりで診療するようになってからは1年くらいです。

桑原 開業医として仕事をしてみてどうですか。やっぱり大学病院とは違う?

ぜんぜん違いますね。患者さんのことを常に考えるのはもちろんですが、開業は経営面から考えないといけないじゃないですか。雇い主にもなるので、働いている方のお給料や、ものの仕入れやリースの管理などいろいろありますね。あとは、内科全般となるので、勉強しなくてはいけないこともたくさんあります。父と一緒の頃はいろいろ聞いて学ぶことができましたが、いまは勉強会に参加したり自分で学ぶようにしています。いま、週に1日、別の病院で消化器外科のお仕事をしていますので、そこでも内科の先生に聞いたりと、いろいろ学ばせていただいています

桑原 やっぱり開業医は大変だね。人事のことなんかも全部やらないといけないからね。

そうですね。ただ幸い、父の代からずっと働いてくださってるスタッフさんもいて、いろいろ助けていただいています。

桑原 1日に患者さんを何人くらい診てるの?

だいたい40~50人くらいですね。

桑原 それは結構大変だね~。終わったあとのカルテの整理などもあるしね。

疲れますね(笑)。でも、地域に密着した医療を目指してやってきたので、父の代のときに来てくださっていた患者さんが、自分の代になっても来てくださるので、感謝です。

桑原 仕事に対するこだわり、大事にしていることはありますか?

常に、患者さん第一、と思ってやっています。

桑原 レクサスに通っていたころの話だけど、いまでも覚えているエピソードはある?

レクサスは楽しかったです。仲間に恵まれたというのもあって、テストが終わったあとにみんなで食事に出たりしていました。 僕はそれまで受験勉強というものをしたことがなかったので、レクサスの授業が結構新鮮だったんですよね。

桑原 あ!そうか、君はたしか慶應の塾高からだったよね。ほとんどが大学に内部進学だから、塾高では受験勉強はしなかったんだ。

まったくしなかったですね。僕は、一度大学の経済学部に入って仮面浪人してたんですよ。もともと高校時代はずっとサッカーやって、引退して、そのまま大学へと思ってたんで。父親からは1年やって医学部がダメだったら大学に戻れと言われてましたし、自分でも、やるからにはちゃんとやろうと思ってました。

ここで島内代表がニコニコしながら再び現れます。

桑原 レクサスで受験勉強を新鮮なかたちで始めて、ちゃんと身についたかな?

そうですね、先生方の教え方が良かったので。

桑原 いやいや、そこはやはり君の能力でしょう。慶應はいつから入ったの?

中学からです。

桑原 あれ、じゃあ中学校受験したんじゃない!それはすごい、慶應の中等部からの受験は大変だからね。

中学受験は自分だけじゃなく、親の協力あってのものだと思います。

桑原 いやいや君の能力もちゃんとあったんだと思うよ。では、レクサスの話に戻って。当時、印象的な先生はいた?

うーん、当時いらっしゃった、上林先生の英語の授業が面白かったですね。まあ、授業内容より雑談のほうが憶えてますけど(笑)。

島内 数学の先生ではだれを憶えてる?

秋元先生ですね。秋元先生の授業はわかりやすかったですね。

懐かしい人物の話で盛り上がります。20年も前のこと、みなさん結構憶えているんですね~。

桑原 1年で医学部に受からなかったら慶應に戻る、という中での受験でしたが、見事合格しましたね。

うれしかったですね。父の出た大学というのもあって父も喜んでいました。父は帝京の1期生です。

桑原 そういえば、わたしが自分の机を整理していたときに、君と当時のほかの生徒さんたちとで写したプリクラがなぜか出てきたんだよ(笑)。ひとつのシートにいろんなポーズの写真が入っててね。君は横を向いて写っていてね(笑)。ああ、楽しい予備校生活を送っていたんだなーと思ったよ。当時の友達とはいまも連絡を取ってる?

忙しくてなかなか…。でも、Aさんは今は埼玉医科大学病院で勤務医をしているみたいです。みんなそれぞれに忙しいと思います。

桑原 あのころは生徒数が少なかったこともあって、わりとみんなが仲良かったよね。

そうですね、20人ちょっとくらいでしたからね。いまはどのくらい生徒さんいるんですか?

島内 80人くらいかな。

へー!そんなにいるんですね、大変ですね

桑原 最後にいまレクサスに通っている後輩たちに先輩として何かアドバイスがあれば。

受験で勉強したことは大学に入ったあとにも役に立つことが結構あるので、決して無駄にはならないと思います。あのときもっと勉強しておけば良かったと、臨床に立ったからこそ思うこともしばしばでしたね。あとは、大変でなかなかそこまでの思いは難しいと思いますが、楽しんで勉強してほしいです。

島内 いまは何が一番楽しい?

患者さんと話しているときですね。患者さんとのコミュニケーションがとても楽しいです。

桑原 大きなオペとかはやった?

ありますね、いろんな手術を経験させていただきました。

桑原 いやあ~、すごい大人になったね~ほんとに。昔はスポーツ好きの好青年ってイメージだったけど。

あのときは10代でしたからね(笑)。

桑原 やっぱり負わされてる責任が違うもんね、いまは。

島内 で、ほんとはいま一番楽しいことは何ですか。

え?ほんとはですか(笑)?うーん、走ることですかね。

島内 えー?

どういう答えを期待されてます(笑)?ちなみに島内先生は?

島内 ぼくはですねえ、仕事ですかね~。

ぜえったい嘘ですよね~!(一同不信)

桑原 大人って嘘つきだねえ~。

嘘つきですねえ~(笑)。