慶應義塾大学医学部卒
先輩医師インタビュー

妥協がなくてつらかった(笑)。

慶應義塾大学医学部卒先輩医師インタビュー 中島 剛さん
慶應義塾大学医学部卒。
慶應病院・東京歯科大学
市川総合病院で研修後、慶應病院勤務
2010年UCSD(カリフォルニア大学
サンディエゴ校に留学・インタビュー当時)

―日曜なのに当直、大変ですね。

休日の当直はどうしても若い者にまわりますから。それでも 慶應病院のときよりは...。

―もっと大変だった?

あっちは平日がデューティー、土日は公休で当直はないんですけど、完全主治医制をとっているので、1人の患者のことは、24時間、ドクターが責任を持つんです。

―責任重大ですね。

1人の患者に研修医、レジデント、病棟チーフ、それに教授か助教授がつくんですが、ふだんは研修医やレジデントが全部把握していなくてはならないので。だから公休でも1日に1度は病棟に顔を出さないと、必ずポケットベルで呼ばれるんです。「患者さんが苦しんでる」って。

―夜中でも?

ええ。だからナースはローテーションがあって、その日のプライマリー・ナースがいるんですが、研修医は毎日がプライマリーという感じですね。

―何年研修するんですか?

慶應病院で2年、そのあと大学院か出張研修が2年、計4年です。

―4年も休みなしじゃ、参ってしまいますね。

今いるところは勤務体系も違うので、それほどでもないですね。でも、あっち(慶應病院)にいたときは、いつもポケットベルが鳴っているような気がして。何か音がすると全部ポケベルに聞こえるという...ポケベル症候群、といったところでした。

―専門は内科ですね。

ええ。中学生の頃「気胸」で1ヶ月入院したこともあって、呼吸器内科をやってます。

―病人が相手だと、つらい思いもあるでしょうね。

1週間に患者さんが4人亡くなったときは、精神的にきつかったですね。でも、それでますます呼吸器内科をやってやろうと強く思うようになった、というのもあります。

―ところで、レクサスにはいつごろ?

ずいぶん前の話だから、高校1年のときからだったかな。最初はまだレクサスという名前じゃありませんでしたけど。教室もマンションの一室で狭くって。その狭い部屋で、島内先生に数学と化学を教わってました。

―島内先生の授業はどんなでした?

妥協がなくてつらかった(笑)。 すごく熱心で、生徒がわかるまでは絶対授業が終わらないんです。長引いて、食事をさせてもらえなかったこともあったりしました。

―食べ物の恨みは恐ろしい(笑)。

でも寒い中、バイクで家まで送ってもらったりもしました。案外やさしいんです。

―案外、ね(笑)。(ここで病院の内線電話が鳴って呼び出しがかかり...)
―では最後に取り急ぎ、後輩へ教訓など垂れていただくとありがたいのですが...

うーん、英語はもっとやっておけばよかったと思いますね。症例や疾患などの文献に当たるとすると、最新のものはほとんど英語で、翻訳を待っていると遅くなりすぎるんです。それから患者さんも外国人の方が増えてきてるのでね。

―英語は入試だけでは終わらない、というわけですね。しかと承りました。今日はお忙しい中、ありがとうございました。

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