東京慈恵会医科大学合格者インタビュー

2001年 東京慈恵会医科大学医学部 合格体験談

レクサスに入ったのは高3の初めでしたか?

……だったですね……。兄貴(注:斎藤良太郎君)との入れ替わりでしたから……。


斎藤 恵介君
2001年東京慈恵会医科大学他合格
(1999~2000年度高校部および昼間部在籍)

高校生の間も毎日通ってたけど、現役では残念ながら……。

現役で受からなかったのは……勉強量の不足でしょう。学校あるし、家でもやんないとなると……。学校の勉強はつまんなかったし。

授業のないときとか、自習室でよく寝てましたね(笑)。

たしかに寝てましたね。家でも……。

ということは、ほとんど授業を受けてただけだった?

浪人して、朝から晩までやって、はじめて勉強したっていう感じですね。現役の時の勉強が、勉強だといえなくなりました。

浪人の1年間、1日12時間の勉強はきつかったと思うけど、その割には飄々とやってたように見えました。

流れにのってた感じです。ふつうにやってました。最後の方は、12時間あっても、時間が足りなかったですね。(勉強を)やると、先っていうか、やるべきことが見えてきて。

浪人のときも、やっぱり家では勉強してなかった?

しっかり寝てました、はい。兄貴の指導が厳しかったんで。「夜、ちゃんと帰ってこい。ちゃんと寝ろ。さぼるな」って。毎日しっかり寝させられました。「まあだ起きてんのか」「はいはいはい」って感じで。それで、おれにしてはちゃんと授業受けてたと思います。

ちゃんと、居眠りしないで……。

眠くなったら顔を洗うか、仮眠をとれっていうのが、兄貴の教えで。休み時間とかに10分ぐらい寝れば、1時間ぐらいもつっていうのがわかりました。

そのかいあって、1次試験は全部合格でしたね。

すごいですね。

なんだか他人ごとみたい(笑)。

何回か模擬テストを受けたけど、A判定が1個しかなくて絶望したんですよ。これぁちょっと他の道も考えようかって感じで。どこ受けるか、家族会議で決めたんですけど……おれはなるべく低い方へもっていくようにしてたけど、親には逆らえず(笑)。

まあ、A判定はめったに出ないし、出なくても十分受かるんだけど……。で、受けたときの手応えは?

どれもやばいと思ってました。おまけに受けるたんびにだんだん手応えが悪くなってたし。

「できなかった」と思ってた方が、意外にいい結果だったりしますからね。ただ、2次の面接では苦労したようですね。しゃべるの苦手そうだし(笑)。

そうなんですよ。医学部志望動機が、なかなか「これ」というのがなくって、1校終わるたんびに、ガンガン変えてました。それで、最後の方にやっとまとまって。暗記したから覚えてますよ(笑)。

最後に、後輩へ何かアドバイスを。

面接では、間(ま)は、やばいっす。試験官の手が、いっせいに動くんですよ。あーあ、やっちゃったなって……(笑)。

医師になったら、かえって患者さんが安心感を持てていいかも。

そうだといいんですけどねぇ(笑)。