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東京医科大学医学部
合格者インタビュー

2016年 東京医科大学他 合格体験談

聖マリアンナの試験で数学の手応えを感じた。
その時がターニングポイントだったと思います。

東京医科大学合格
森本 瑠美奈さん
2016年東京医科大学医学部他合格

まず合格した大学を教えてください。

一次合格したのは岩手医科大学、金沢医科大学、聖マリアンナ医科大学、東京女子医科大学、獨協医科大学、東京医科大学、昭和大学で、最終合格したのは、聖マリアンナ医科大学と東京医科大学、金沢医科大学です。

金沢医科大学も繰り上がったんですね。大学からの連絡はいつ来たのですか?

3/29 に連絡が来ました。

森本さんのお話で一番気になるのは再受験についての話です。再受験までの経緯を教えてください。まず、高校を卒業して…。

はい。高校卒業して短期大学に入学。卒業して、働いて…。

短期大学では何を勉強していたのですか? 医学部の受験勉強に関係あったことを勉強していたとか…。

英語学科に在籍していました。短大では医学系の勉強は全くしていなかったですね。

短期大学を卒業して、そのまま就職されたのですか?

はい。原宿にあるアパレル関係の会社に就職しました。その後、全然違う仕事に転職して…。

就職して仕事をしているうちに本気で医者になろうと思ったのですね。そのきっかけは?

短大を出て働いてみたものの、一生この仕事するのかな、と考えました。自立した女性として生きていくうえで、やはり人の役に立てる医師になりたいなと。

仕事しながら医師になる夢を温め続けて、どのように勉強をされたのですか?

その後の勉強は医専予備校Aに行って、数年通いました。そこで結果が出なくて、その後レクサスに来たという感じです。本格的に医学部の受験勉強をやり始めたのは医専予備校Aに入ってからでした。

医専予備校Aはどうでしたか?

全く勉強ができないときに入った予備校なので、基礎学力はすごくつきました。私は詰めが甘いところが結構あるので、そこをレクサスで仕上げた感じですかね。

レクサスのことはどうやってお知りになりましたか?

何年か前にレクサスから医学部に合格した友達がいたんですよ。その子に勧められてレクサスに来ましたが、レクサスに決める前にほかの予備校もいくつか見てまわりました。レクサスは金額が高いイメージがありますが、一番上のクラス(特待Sクラス)だとかなり安くなりますよね。他の予備校もそんな感じでした。そこをふまえてほかの予備校でもテストを受けてみて、その中でシステムとか色々考えたらレクサスがいいかなと思って決めました。

レクサスにした決め手は何ですか?

先生に質問がいつでもできる体制ですね。勉強していくうちに、質問したくなるのでそういう質問対応がしっかりしているところがいいなと思っていました。今まで通っていた医専予備校Aのほかに医専予備校Bや、麹町にあるK塾の4つで比べた結果ですね。聞いたところだとK塾は夜遅くまで勉強できなくて、質問したくてもあまり対応してもらえない。医専予備校Bは質問対応がチューターで、確かに自分よりもできるかもしれないけれど、やっぱりちゃんとした先生に質問したくて。そこが一番大きかったですかね。レクサスは講師の先生にいつでも質問できる体制でしたから。あと、自習環境。

では、その評価の良かったレクサスの質問対応に関してお聞きします。数学の国定先生にベッタリ張りついて質問していましたね。

そうですね。国定先生にはとてもお世話になりました。ここがわかりません、ここが苦手ですって相談に行ったらその都度わかるまで教えてくれたし。同じ問題で5回くらい質問に行ったりもしたんですよ( 笑)。

受験勉強の中で一番自分でポイントだと思ったその「いつでも質問できるシステム」というのは、実際レクサスに入ったあとの勉強でどのように活用したのですか?

医学部専門予備校をいくつも知ってるわけではないんですけど、以前通っていた予備校と比べたら、すごくいい先生がいっぱいいるなと思ったんですよ。夜間指導とか、授業の先生とかもすごくわかりやすいと本当に思いました。医専予備校Aでいえば、一番上のクラスの数学の担当は主任一人しかいないんです。その先生の教え方しか学べないんです。でもレクサスは色々な先生が質問対応をしてくださっている。数学だけでも4人の先生が質問対応で待機してくれていて、色々な先生の考えを学ぶことができるから、色々な角度から学ぶことができました。

質問は本当によくしていましたね。

いっぱい質問しに行きました。質問回数に関しては、たぶんSクラスでトップだと思います。数学は国定先生が一番多くて、物理は奥田先生、英語は川島先生。川島先生には叱られまくっていましたけど(笑)。でも本当にたくさん質問しましたね。

レクサスのクラス編成はどうでしたか?

私は最初からSクラスだったのですけど、常に緊張していて意識も高く、私としてはとてもいい環境でした。

成績が伸びた、力がついたと実感したのはいつ頃ですか?

前期が終わって、夏になってもできるようになった実感はなかったですけど、後期に入って英語が読めるようになったんです。それまでザックリ読んでいたのが、前より読めるようになった感じがして。

確かに速く読めるようになって、理解もできるようになっていたけど、雑でしたよね(笑)。

そうですね(笑)。雑でバラつきがあって、波も結構あったんですけど、そこが後期に入って安定して取れるようになったかなという感じはしましたね。でも年間通して英語は一番ヤバかったですね。3回くらい呼び出しをくらってますし(笑)。

理科は?

理科は入試直前になった頃には、「またこれね」っていう感じで見たことがある問題が増えて、解けるようになりましたね。繰り返しやったのが効いたんだと思います。でも正直飽きました。「またこの問題か」って(笑)。

実際入試の理科の成績良かったですよね。ちゃんと点数取れていましたよ。
私が森本さんを見ていて心配だったのは、受験の直前くらい。その心配も、学力のことじゃなくて…。

メンタルですよね。あの頃は本当にヤバかったんですよ。今年決めなければいけないっていうプレッシャーと、家族からも「今年ダメだったら他の職業考えたほうがいい」とか色々なプレッシャーがあって。その時は家族から見ても、私本当におかしくなっていたらしくて。でも、それを指摘すると私がもっとおかしくなるんじゃないかと思って言わなかったみたいです。すごく痩せました、あの時。

そのときは私も怪しい雰囲気を感じていました。とにかく話しかけて落ち着かせようとしたのですが…。

去年はそこまでプレッシャーを感じなかったのですが、今年はすごかった。自分がいたクラスがSクラスというのがすでにプレッシャー。いままでSクラスから医学部に合格できなかった子は一人もいない、ということを知って、それがすごいプレッシャーになってしまって。私が記録を破るとレクサスにも迷惑がかかるなとか考えたりして。杏林受けたあとで完全におかしくなりました、完全に。どこも一次すら受からなくて「もぉダメだ!」みたいな。

その時期はどういう精神状態だったのでしょうか。プレッシャーに身を任せて「どうにでもなれ」という感じだったのか、それともプレッシャーがかかってること自体気付かなかった状態ですか。

プレッシャーには気付いていました。気付いていましたけど、こんな自分は自分らしくない!と思ったらますますネガティブになって、「ダメだったらどうしよう」とものすごく考えてしまったり。そのクライマックスが1 月20 日くらいからワーッと来て。

その時は国定先生もかなり森本さんのことを気にされていましたよ。

それはすごく伝わりました。「大丈夫だから! できるから!」って元気づけていただいて、本当にそれが心強かったんですけど、自信がなかったし、解ける問題も解けなくなってたんですよ。杏林のときなんかは本当にアガっちゃって…。

そういう精神状態で受験に入っちゃったんですね。

そうですね。作戦としては先に試験慣れして杏林にペースを持っていきたくて、1月20日の岩手医科大学から始めたのですが…。

その作戦では岩手の次は杏林? それとも岩手、金沢、杏林?

岩手、金沢、杏林です。岩手はそこそこできたかなという感じはして、ちょっとは自信もついて、これだったら一次は来るかなという感じはしました。だけど金沢は自分の納得いくところまでできなかった。特にそれを感じたのが数学で、最初から分からない問題だったらできなくても悔しくないですけど、試験終わった後って頭が冷めてるじゃないですか。そういうときに落ち着いて見たら、全然解ける問題だったんです。そういう1点の争いで、ざっくり計算したら10点以上失点していたから、これはアウトだな…、と感じたんですよね。それでも金沢の一次合格は来ましたけど、落ち着いて得点できていれば正規合格だっただろうなという感じはしました。

そういう風にミスがあっても一次は取れる。ただ、本来ならばそこがきちんと全部できて、正規合格を取れていただろうということですね。

そういう実感はありました。

でも杏林の入試はうまくいかなかったのですね。

私、もともとセンターと相性良くないんですよ。それで杏林の問題がセンターっぽいんですね。試験時間が足りないのと、難しいというイメージが自分の中で働いたと思います。最初理科からだったんですけど全然できなくて、午後の英数の試験も、解答用紙に名前を書いていなかったり、マークしなきゃいけない所をしていなかったりっていう普通じゃ有り得ないミスもやっちゃって。それはテスト中にも気づかなくて、解答用紙を回収するときになって「あ、名前書いてない!」と気付いた。杏林はそんなレベルでした。そこからガーッと落ちていったんですよ。

精神的に参っていた?

はい。まわりにもすごい迷惑かけちゃいました。国定先生と川島先生、担任の森下先生には気を遣ってもらいお世話になりました。

メンタル的に落ちかけていた状態からどのようにリカバリーしたのですか?

杏林のあと、ワーッとできなくなって自信も失いかけていたのですが、聖マリアンナ医科大学のときに数学が手応え的には90点以上いったので、そこで自信がつきました。その次の女子医でも数学がすごいハマって、そこからトントン上がっていった感じですかね。自分の得意な科目でしっかり得点できるようになって、落ち着きました。

やはり成功体験というのは必要ですね。何か一つうまくいくとトントン拍子にうまくいく。

聖マリアンナがターニングポイントだったと思います。

教訓として、少なくとも一つ成功体験をきちんと取ると自信が出てくる。

結局受かったところは数学がうまくハマった感じですかね。自分が納得行けるところまで行けたので。

聖マリアンナ医科大学の試験での経験が、その後うまく作用したのですね。

でもその翌日の東邦の試験のときがパニックのクライマックスだった気がします。作戦的には杏林一次受かったら東邦受けるのやめて…というつもりだったんですけど、杏林の一次がダメ。それならと東邦を受験しましたけど、東邦全然できなかったんです。本当に終わってました。試験が終わった後、TOCの屋上に行って泣きました。「今年ダメだ…」って。その時が一番どん底だったのかなという感じがします。

最終的に合格できる点数はその後の試験でちゃんと取っていますよね。東京医科大学はちゃんと合格できたじゃないですか。

確か最初の受験の波がバーッと1月31日頃までに終わって、2月1、2、3日で帝京の試験があって、その後に5日くらい休めました。休むことでカーッとなっていた頭が冷めて、落ち着いて東京医科大学には臨めたのかな、と思いますね。落ち着かないとだめですね。

帝京まで試験が続いたあと少し時間が空いて、東京医科大学。その時の数日間の休みが良かったんですね。

休めたことは良かったですね。東医はもともと受けるつもりはなかったんですよ。再受験は不利だという噂を聞いていたし。

再受験生でも問題なくちゃんと受かりましたね。

そうなんですよね。予想外でした。昭和のⅠ期の二次試験日が東医の一次試験の日なんですよ。昭和に行きたかったから東医には願書出すつもりはなかったんですけど、昭和Ⅰ期に受かる保証もないしとりあえず出してみるかっていう勢いで出しました。しかも今年は昭和の繰上げが全然まわってないんですよね。今考えると、昭和Ⅰ期をサクッと諦めて、パッと東医に集中したことが結果的には良かったかなと思います。

レクサスには毎日何時頃に来ていたのですか?

6時30分には起きてレクサスには8時30分には来るようにしていました。11月くらいになったら、レクサスが8時には開いていたので8時には来るようにしていました。

ご家族からの応援みたいなものはありましたか?

家族には怒られなくて良かったです。お前は英語ができないから英語をやりなさい、という程度ですかね。

周りの受験生からは「森本さんに声かけてもらって元気がでた」、「励まされた」って言う子が多かったです。

ポジティブに振る舞うことによって自分も元気になったのかな…と思います。自分のことはわからないですけど、他人が頑張っているなっていうことはわかるじゃないですか。そういうことを素直に伝えていただけだと思いますけどね。12月1月ころは自分のメンタルがやばかったので…。そういう時に同じ受験生であるクラスメートとかに相談してもかえって迷惑になるじゃないですか。お互い大変な状況なのは同じなので。それでも周りのみんなにポジティブな影響を与えられたのはうれしいですね。

受験会場で気を付けていたことなどありますか?

受験会場では他人と話さないようにしていました。例えば午前中の試験が終わって昼休みになった時に他人と話すと絶対に試験の話になるんですよ。あの問題こうだったよね、とか。私としてはもう終わっちゃったことだし、その時点ではもうどうしようもないこと。絶対にプラスになるような話ではないので、化学式を覚えたり、音楽を聴いていたりしていました。

どんな音楽を聴いていたのですか?

マルーンファイブとか…。

知らない…。ワンダイレクションはCD 買ったけど。

ワンダイレクションも聴きますよ!

医学部受験に臨むにあたって、レクサスの環境はいかがでしたでしょうか?

まるごと相談会みたいな企画があったのは良かったですね。予備校として比べる対象がどうしても前にいた予備校になっちゃうんですけど、環境的にレクサスの方が断然良かったので、レクサスを選んで正解でした。

直前期はどのような学習をしていましたか? 赤本は解きましたか?

赤本はやらないと決めていたんですよ。周りのみんなは12月くらいからやり始めていましたけど。でもその時期に赤本やらないとやることなくって時間が空いちゃって、どうしたらいいか国定先生に相談しました。そうしたら、前期からの今までの小テストを全部もう一度やりなさいと言われてやっていました。小テスト全部積み上げたら10cm近くの厚さになるんですよ。

直前期に?

そうです。採点するのもすごく大変だったと思うんですけど、それを国定先生は全部細かく採点してくれて。前にやった小テストの内容なんか忘れていっちゃうじゃないですか。それをもう一度やり直すことで実際の試験でもできるようになったのですごく感謝してます。小テストをやり直すのって馬鹿にする人もいると思うんですけど、絶対にやり直した方がいいです。逆に赤本は全くやらなかったですね。

赤本をやらないというのは不安じゃなかったですか? どうして赤本をやらなかったのですか?

去年までの経験でなんとなく各大学の傾向はわかっていましたから、特に赤本をやる必要はないなと思っていました。赤本やったところで自己採点して答え合わせして、8割取れた!とか言っても自己満足で終わっちゃう気がして、赤本をやることに何の意味があるんだろうって思った。赤本と同じ問題が出るわけじゃないし。小テストは確かに全部基本的な問題なんですけど、難しい問題を解くにしてもそれは全部基本の組み合わせですよね。先生にもいろいろ相談したんですけど、基本を思い出すために小テストの内容をイチからやり直そうと決めました。始めたのは1月に入ってからでしたけど、全ての数学の小テストをやり直しました。そうしたら東京医科大学で小テストと同じ問題が出たんですよ。小テストでやったのはたしか前期か、夏ころの小テストだったんですけど、1月にやり直したばかりなのでよく覚えていて。やっぱり小テストやり直しておいて良かったと思いましたね。

だいたい直前になると赤本を解きたがったり、難しいことをやりたがりますからね。

そうなんですよね。そういう時に、「え?いまから小テストをやり直すの?」って驚かれました。赤本やるよりは絶対いいと思いますけどね。あと赤本の解答ってすっごい雑なんですよ。絶対マネできないような解き方、そんな時間ないよっていう解き方の解答だったから、赤本は嫌いでした。英語も川島先生のノートを前期から全部見直した方が絶対いいと思います。川島先生がおっしゃってた熟語がそのまま出てたりしましたから。英語は熟語が大事ですね。熟語帳をいつも持って覚えるようにしていました。レクサスで使ってる熟語帳の問題がそのまま試験に出ることもよくありましたしね。そういえばレクサスの熟語の小テストも1月になってから全部やり直しました。あれは良かったですよね。

赤本をまったくやらないというのは、全員におすすめできる勉強方法ではないですけど、小テストをやり直すことは大事ですね。

小テストはもっと有効に使えると思うんです。小テストをやり直すことですごく出来るようになると思うんですよ。小テストでやっていたこともやっぱり忘れていってしまうから、最後の段階でもう一度やり直すことで思い出す作業が必要なんだと思います。まあ、実際は赤本やったりいろいろと追われていて小テストをやり直す余裕もないとは思うんですけど、私は赤本をやらないと最初から決めていたので。あとは長文を読むことを続けないと力が落ちるからエッセンシャル(レクサス独自の英語教材)を読みかえすことを勧めますね。赤本の長文読むよりいいです。直前期にエッセンシャルの全訳を川島先生に持って行って添削してもらったりしていました。

エッセンシャルの全訳はやる必要なかったんじゃないかな(笑)。
レクサス以外の教材をやったりしましたか?

レクサスの課題をこなすことで精いっぱいで、それ以外のことをやる余裕は全くありませんでした。それに、小テストの見直しもそうですけれど、一つのものを何回も解き直すことで、着実に身につけることが大事です。とにかくレクサスの教材をしっかりとやり遂げることでいっぱいでした。

また、大学生活を送ることになるわけですが。

今度こそ真面目にやらないと…。以前の大学生活はなんちゃって大学生みたいなものでしたからね。今度は真面目にやらないと進級できませんから。

頑張ってください!