先輩医師インタビュー

患者さんが私のフルネーム、出身地を覚えていてくれて、それがすごく嬉しかったですね。

日本大学医学部付属板橋病院勤務
若月 優さん
2004年度昼間部在籍
日本大学医学部付属板橋病院勤務
(インタビュー当時)

―1年ぶりですね、お久しぶりです。

お久しぶりです。

―若月さんは2004年度の昼間部生としてレクサスに在籍し、日本大学医学部に合格しました。さらにレクサス主催の海外研修プログラムにも参加し、その時のニューヨークでのお話を去年の開講式でしてもらいました。今年は妹さんがレクサスで勉強して、東京医科大学に合格、良かったね。

ありがとうございます。おかげ様で。

―これでお母様は東京女子医科大学、若月さんは日本大学医学部、妹さんは東京医科大学で、皆さん全部違う大学だね。普通は同じ大学に行く傾向があるんだけど。お父様は歯科医をしていらしてまた別の大学だね。

そうですね。いろいろな大学になっていますね(笑)。

―予定通り医師になれて良かったね。今は研修医2年目で日大の医局に?

医局に正式に入れるのは3年目からと決まっていて、一応2年目はその…、今までは例えば3ヶ月3ヶ月とか各科のローテーションがきっちりしていたのですが、12ヶ月自由に選択できるという体制を日大が取っていて、そこが良くて日大に残りました。

―1年目は?

1年目は自分で選択して内科が3ヶ月+3ヶ月計6ヶ月と、あと選択が3ヶ月+3ヶ月で1ヶ月・2ヶ月とか2ヶ月・1ヶ月とかで科を選択する感じです。

―お母様は眼科をやっていらっしゃったよね。眼科はまわったの?

いや、マイナーは1年目だとまわれなくて。2年目からマイナーをまわれて、今眼科をまわっています。1ヶ月目は心臓血管外科や循環器内科などをまわりました。

―海外研修にも行ってもらったけど、あのときDr.シャーマンのお世話になったね。今年も実はレクサスの卒業生2人がお世話になってきました。その時に若月さんの話が出て、あの時の状況はすごく恵まれていたみたいだよ。Dr.スキッピタリスは有名な先生で、向こうのレジデントの先生もおいそれとは話しかけられないような先生に「こっちきて見てみなさい」と直接指導いただいたんだよね。

メールも教えて頂いて。

―将来的にはお母さんがやっている眼科を検討しているの?

そうですね、今のところ眼科医をいちばん希望していますね。

―今、研修先は大学病院なの?

そうですね、今のところは日大ですが3年目からはもしかしたら外へ行くかもしれないですね。

―それは医局を日大に決めておいて出向という形で?

それもありますし、医局を日大以外にすることもあります。

―それは積極的な話だね。1年目の研修と2年目の研修で忙しさはどうですか?

1年目は忙しいですね。忙しさ自体はあまり変わらないと思うのですが、手を抜くところが2年目はわかるというところが大きいと思います。1年目の夏終わり頃から、余裕ができます。最初は何もしていないけど、帰ったら疲れて寝るという感じでした。

―右も左もわからないからね。私も研修医を指導したことがあるけど、下手すれば邪魔者扱いだからね(笑)。

そうですね。何もできないけどいるみたいな、精神的にも疲れますよね。

―研修で楽しいことを教えてください。

楽しいことは1年目なのでそんなに思い当たらないですが、例えばルート(静脈路)がとれるようになったりとか周期的で簡単なことがいちばん上手くなる時期だから、それは嬉しいです。最初はそんなに患者さんと話せないですが、夏過ぎるとしゃべれるようになって、そうすると患者さんも名前を覚えてくれて。1年目の最初の3ヶ月に血液膠原病内科をまわっていて、そのときに担当していた白血病の患者さんが、今は元気になられています。3日くらい前の話ですが、眼科は最初新患を担当するんですけど、新患でその方が来て私の名前をフルネームで覚えていてくれて。出身地も覚えていて、それがすごく嬉しかったですね。

―なるほどね、それは嬉しいよね。逆に辛いことは?

いちばん大変だったのはサマリーですかね。1年目の雑用というかサマリーを書くのが辛かったです。しかも内容もなんですが1枚目のページの誤字・脱字とかパソコンでやるので漢字の変換ミスがすごく怒られるんですね。内容で怒られるなら納得できますけど、そんなところで怒らなくてもと思いましたね(笑)。あとは診断とかですかね。あのー、最終的には肺がんと診断された人なんですが、全然そういう感じではなくて、食後の右の肺の痛みとか症状的には胆石っぽい人だったのですが、それで胆石という感じで研修医達がやっていて、その間いろいろ精査したら大きな肺がんがあったとか。

―それはメタ(転移)だったの?

いや、原発でした。あとで先生に言われましたけど。辛いと言うか…、う~ん辛いことでした。

―胆石だと思っていたのに肺がんだったというのはショックだよね。

そういう経験は研修医の頃は結構あると思います。診断はわかっていないと難しいです。

―もう点滴とか静注とかはビシバシ?

ビシバシは…(笑)。人並にはできます。

―自分に力がついてきた、できるようになったというのは嬉しいよね。

そうですね、目に見えてできるようになると嬉しいです。

―今勤務時間はどのくらいなの?

今は眼科で外来なのでそんなに大変じゃないですね。9時~18時くらい。日によって違うのですが医局会があるときは19時くらいまでです。科によって全然違いますね。

―外科系をまわっていると結構長い手術とかあったのでは?

そうですね、外科系はすごくありましたね。朝も早くて7時とかだったので。

―輸血用の血液パックの確認とか患者さんに対しての説明とか。オペ終わった後も駆け出しの人はすぐ帰れないもんね。

そうですね、最後まで一応。

―夜勤はあるの?

夜勤はあります、上の先生と一緒に当直が。科によると思いますけど月3回くらいですね。

―夜勤中は仮眠室で待機していて、何かあったら呼び出されるの?

そうですね、PHSを持っているので。

―なるほどね。眼科だから夜中の呼び出しはない?

そうですね。最初の膠原病内科をまわっている頃はありましたけど。膠原病内科は多分いちばん亡くなる方が多い科なので、夜中というか、土曜の夕方とかに亡くなってしまうとお焼香とかをしに…。そういうのはありますけど、夜中の2時・3時とかだと呼ばないんじゃないですかね。いちばん上のオーベン(指導医)は行きますけど、研修医呼んでもというのがあるので。23時くらいまでは呼ばれるかもしれないですね。

―休みは?

週1回休みです。

―体力的にきつくない?

最初はきつかったですが、今は慣れたのでそんなでもないですね。

―今担当している患者さんは何人くらいいるの?

病棟だったらいるのですが、今は外来なのでいません。1つ前は循環器だったのでそのときはいました。冬だったので多くて23人くらい、結構多かったですね。

―日大は大学を卒業した後に残る割合はどうですか?

結構多いと思いますね。かなりの人が残ると思います。

―逆にいなくなる人というのは例えば厚生年金病院とか条件の良いところか地元に帰るとか?

そうです、地元に帰るのがいちばん多いと思います。

―やはり地元に帰りたい人もいるよね。

地元に帰る人の多くは日大に残らないですね。1年目から地元で就職することが多いと思うので。日大でやってみたけどやはり地元が良くて帰るという人はいるかもしれませんが。

―大学によって卒後の違いというのかな、そういうのはある?

ありますね。今一緒にまわっている人が愛知医大卒で、同期の卒業生が100人ちょいくらいで、20人くらいしか残らないみたいですよ。それでも多いと言っていました。

―20人で多いんだ。

多いと言っていましたよ。日大は…、結構内部事情になっちゃうのですが、今年は日大出身の希望者が定員以上いたのでアンマッチになってしまい、日大以外の病院を受けなおすという形になりました。

―母校でアンマッチというのはずいぶんだね。何人採用されたの?

定員オーバーで。一応65人くらいですかね。

―そうすると卒業生の人数より枠が小さいんだね。

そうですね、でも駿河台の病院もありますし。大体いつもアンマッチは無いのですが、ちょっと前後してもいいやということがあって、68だったら68取っちゃおうというのがありますが、今年は4人くらいアンマッチがありました。

―若月さんは今、臨床研修医のシステムで働いているけど、どう思います?

私は元々眼科と決めていたのでいらないと思いました。逆に迷ってしまうこともあるかもしれませんね。血管外科もいいなと今も思っていますし。それと一人前になるのは遅くなりますよね。内科の人たちにとっては良いかもしれないですが、結局内科って全部まわらないと内科認定医は取れないので。結局研修医のときにまわって、それで採用されますけど、進む専門を決めている人にとってはあんまり良いとは思わないですね。

―昔みたいに最初から医局に所属する方がいいかな?

でも、最近は意志を持っていない人が多いから、今の研修医制度も良いのかなとも思います。結構入るときに何科に決めていない人の方が多いです。むしろそっちの方が多いので今の研修医制度には結構良い部分もあるかもしれません。

―今アルバイトはしているの?

していないです。一応禁止されていて。3年目からじゃないといけないです。

―将来的には学位(博士号)を取るの?

そうですね、できれば3年目から大学院へ行って診療という感じですね。

―将来専門でやるから研究的な仕事もやってみたいということかな?

そうですね、専門医…、博士号を早く取りたいというのもありますし。

―この先の展望はある程度決まっているの?

3年目にどこかの医局に入局して大学院に入ろうと考えています。横断型とかいうのが流行っているので並行していろいろと勉強してみたいです。

―浪人の時に「大学へ入ったらこうだろうな」とか考えただろうけど、実際はどうかな?

大学へ入って私はもっと遊べると思っていました(笑)。私の大学のイメージは「月曜の朝は授業を取っていないから行かなくていいや~」みたいな感じかと思っていたのですが、普通に9時から授業があって、平日に休みの日が無いというのがいちばんびっくりしました。

―医療系の学部はそういうところが多いよね。

医学部は濃厚ですよね。ずっと同じ人と6年間いるので人間関係も(笑)。

―実際医師になって働いていますが、昔考えていた通りですか?

考えていたのとは…、う~ん…あんまり考えてませんでした(笑)。緊張しますね、取りあえずは。大学で仲良かった人ともみんなそれぞれ研修医だから忙しくてあまり…、ときどき飲みに行ったりはしますけど、大学時代よりしゃべらなくなりましたね。

―忙しいからね。特に外科系に入ってオペが入るとね。

時間がなくて本当に会えないですね。

―受験生に先輩としてメッセージをお願いします。

医学部は1年目ちょっと大変ですが、2年から4年くらいは少しは遊べるかもしれませんね。あと受験していく上でいちばん重要なのはフラットな状態でいることだと思います。成績が良かったらすごい喜ぶし、成績が悪かったら悲しんだりするじゃないですか、A判定とかB判定とか。A判定取ったからといって気を抜いちゃいけないというのもあるし、C判定だからといって諦めちゃいけないというか。常に一定の精神状態を保てていれば受かると思います。

―精神面での安定性ですね。

あんまり一喜一憂しないほうが良いと思います。テスト問題にもよると思いますし、本当はずっと良いのがいちばん良いですが。

―受験生は受けるテストの度に浮いたり沈んだりするからね。

特に現役の人は最後に伸びるので諦めないでほしいです。諦めて勉強しないと落ちちゃうから。大学に受かってからもずっとその連続ですよ、1年通して。大学でも小さいテストがいっぱいあって、諦めたらそこで留年しちゃうし。国試は本当に勉強しなくて(笑)。危なかったです。目から血が出るかと思いました(笑)。

―あははははは(笑)

みんながびっくりするくらい勉強をしていなくて。冬の時点で3冊くらいしかやっていなかったので。

―それはきついね! 全部で26冊くらいあるから約9分の1だね。

そうです。模試を受けたら半分くらいしかできなくて、こんなにバカなんだと思って(笑)。まずいと思って、1日2冊くらいやりましたね。

―1日2冊?! それはすごいよ!

だから目から血が出るかと思ったんです(笑)。めっちゃやりましたよ! 2ヶ月間くらい。

―1日2冊こなしたという話は初めて聞いたよ。

私も受からないかと思いました。でも目に見えて成績が上がってきたので。

―やっぱり優秀なんだね。

いや、優秀だったらもっと最初にやっています(笑)! そういう風にはなって欲しくないです。

―いや~、でも普通はできないよ。

発表の時が卒業旅行中で、旅行中も気になってしまって。コツコツやるのがいちばんだと思います。

―私も歯学部の6年生の時に患者さん任されて治療していました。そんなことにかまけていたら国試の勉強が遅れてしまって。歯科医師国家試験の問題集って16冊あるんだよ。それで優さんと同じような状況で終わってなくて、残っている2ヶ月と少しで一回半やったんだけど、2日で1冊だったよ。それでも1日12時間くらい勉強していたから、1日2冊では本当に目から血が出るかと思うよね(笑)。

「こんなことならやっておけば良かった!!」って(笑)。

―そうそうそうそう! 本当にそう思うよね(笑)!

なんてバカなんだって思いますよね。プレッシャーもすごいですし。

―国試が終わった後何回も落ちる夢を見たりね。

もう本当に「どうしよう!!」ってなりますよね。

―あの時は司法試験でも何でも合格できる気になったよね。この試験をこれだけ勉強して乗り切れたんだからって。もう過去の栄光で何も覚えてないけど(笑)

ほぼ一夜漬けですよね。

―最後にレクサスについてひと言いただけますか。

レクサスでは勉強の仕方を教わったと思います。元々数学が中学くらいまでは得意で好きだったのですが、高校入ってから進学校だったこともあって東大中心の勉強で教科ごとに好きとか嫌いとかなくて、ただやっているだけでわからなくてもまあいいかというような感じになっていました。レクサスに入って数学も化学も理系のもの全般的に勉強の楽しさを教えてもらいました。医学部受験って穴があってはいけないので、全部が平均以上できてひとつが飛びぬけて良い教科があるというのを目指してやっていました。特に数学はすごく好きになって、今でも妹の数学とか教えています。

―え?! 今でも見てわかるんだ?

「これあったなー!」と思って興味がわきましたね。大学入ってからもそうですけど1・2年は必修で数学のテストがあるのですが、そういうのも結構楽しかったです。いちばんは勉強の仕方ですかね。教材も良いのを作っていただいて私には合っていたと思います。あとは先生方も、厳しい先生も優しい先生も含めて良い意味でフレンドリーにしてくれるので、気軽に質問ができますよね。

―今日は貴重なお時間をいただいてありがとうございました。これからの活躍を祈っております!

ありがとうございます。