現役東大理V生のブログ
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  • 現役東大理V生のブログ〜大学生活編Vol.79〜
  • 3月(大学生活)
  • 国家試験が終わると、4月の働き始めまで2か月弱の休みになります。働き始めれば自由な時間が少なくなるということもあり、競うように旅行へ出かける人が多いです。僕も流れにのっかりまして、いくつか誘われたものに参加して、国内外で計1か月ほど羽を伸ばさせていただきました。気づけば貯金も底をついており、実家の援助に頼りきりで、頭があがりません……。
  • 旅行先で見た風景や感じた空気はもちろん素晴らしく、もう一度訪ねたい場所もひとつやふたつではありませんが、自分にとってそれ以上に意味があったと思っていることがあります。他者、必ずしも人間に限らず環境や場所をも含むような自分以外のもの全て、そういう広い意味での他者との関わり方について、半強制的な集団生活の中で、再考できたことです。
  • 今回は最後の記事になりますので、それに甘えて私的な話をさせていただきます。長いですし、興味を惹くかも怪しく、このスペースに相応しいかも微妙ですが、とにかく今考えていることを書かせていただきます。
  • そもそも僕は自閉的な人間で、人と一緒にいるのが不得意です。結局ちゃんとしたサークル活動はしてこなかったし、旅行もほとんどが一人旅です。格好つけているとかそういうのでなく、自分の側で扱う変数に他人が加わると疲れきってしまうのです。誰かと遊ぶならば一対一、多くても4人がけのテーブルに収まる程度が限界で、集団が小集団に分かれるほどの規模になるとお手上げです。何をすればいいのかわからなくなって、調子はずれになってしまいます。
  • そんな在り方にはプラスもあればマイナスもあって、たとえば大学受験に成功したのはひとえにこの気質のおかげだと思います。片端から人間関係を切り捨てて、その分のエネルギーを勉強に費やしていました。それが自然でした。反対に大学生活のほとんどは苦痛というか、しっくりきません。特に大講堂で知人なのか友達なのかよくわからない人達と次々顔を合わせ、挨拶をすべきか悩んで結局目をそらすような、そういう場面は最悪です。だから学年が進んで病院実習が始まり、6人班が日常の単位になるとほっとしました。それでも、班のメンバーがほんとうに良い人達だとわかっているはずなのに、無性にいらいらしました。それは僕の人生で繰り返されてきたことで、いくら理屈を設けて説得しようとしても、感情がついてこないのです。
  • 人間関係についてのうまくいかない感じと合わせて、なんというか、自分の能力についてのうまくいかない感じも募っていきました。入学した直後こそ(一応、定員100名の理科V類に通ったということで)自分は一角の人間であり何事かをなしうる、などと思いこんでいましたが、だんだんとそうでもないことがわかってきて、同い年のクラスメイトが雲の上の存在に感じられ、それこそ国家試験直前の一月はほとんど自暴自棄でした。何事もなしえられない自分が頑張って何になる、みたいな有様でした。
  • そういった、うまくいかなさを何とかするきっかけにしたいと思って、卒業旅行に出かけました。
  • はしょりにはしょって結論だけを述べてしまえば、他者というのはそう悪いものでもないと、理屈ではなく感情で、わかりました。そうなれば物事がすっきり見えてきます。(人間に限らない)他者を否定して自分を保ってきた、結局それが僕の大学生活でした。例えば東京にしてもそうで、仙台大好き地元大好きと帰省ばかりしていたのは、東京に対してとても失礼なことでした。人に対して自分が劣る、その状況を否定することで努力から逃げるのもいけないことでした。かえって、状況を肯定するためにこそ努力するべきでした。
  • この新しい視点から見える人生がどんなものか、もちろん上手くいかないことはいくらでもあるでしょうが、やったことのないことをやってみるのはわくわくします。4月からの新生活が、とても楽しみです。
  • 6年間を振り返れば、ああすればよかったと後悔することが沢山あります。周りの人は何本も論文を書いていて、東大○○賞みたいなのを受けていて、しかも結婚していたり、それに比べて自分は何をしていたのだろうと正直感じます。けれども、人生でずっと他者を否定し続けてきた僕が、あれこれ試行錯誤しながら、肯定とまではいかなくとも、それをがんばってみようかという感情を抱くようになる、そのための大学生活だったのではないかと今は納得しています。だいぶ後付的ですし、感傷的になっているきらいもありますが、それでもやはり、僕にとっては大きなことでした。
  • さんざん僕の話ばかりしてしまい恐縮ですが、何か教訓めいたことを汲み取るとすれば、「しっくりこない部分こそ大切にする」、これにつきると思います。誰でも自分なりの世界観をもって人や物と接しているはずですが、その世界観で扱いきれないような相手と対すれば、怒りや憤りを覚えがちです。けれども逆に考えれば、そうした陰性の感情こそ自分の世界観の懐を深くするチャンスです。はじめ嫌いだったものを切り捨てず、自分の内側でころがすことでそれを(おそらく初めは理屈、やがては感情のレベルで)包容できるようになる、これほどわかりやすい成長はないと思います。
  • 最後になりますが、医者の世界は意外と狭いようなので、どこかで皆さんとお話できるのを楽しみにしています。6年間お付き合いいただき、本当にありがとうございました。
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