現役東大生理Ⅲブログ

東大生TMNブログ~受験生活編Vol.7~ 2010年12月

受験生活編|現役東大生理Ⅲブログ

■ 計画

過去問の演習(2周目)を進める

■ 使用した教材

過去問

秋の模試が終わっても、やることはほとんど変わりません。過去問です。しかし一口に過去問の演習とは言っても、1周目と2周目とでは目的がだいぶ変わってきます。1周目は東大の問題に慣れることが最大の目的であるというのは以前にも書いたことがあると思いますが、2周目の目標はぐっと具体化されて、実際の試験で点数を取ることです。つまり2周目の過去問で意識されるのは、どの問題に何分かけるかとか、問題を解く順番にも気をくばるとか、捨てる問題の見極めだとか、それこそ読みにくい字で減点をくらわないように丁寧な字を心がけるとか、つまるところ実際に問題を解く上での戦略になってくるわけです。よく言われるところの「ツメの甘さ」のツメというのは、もちろん細々とした知識と、もうひとつはこの戦略のことを指すのではないでしょうか。

戦略は、いわゆる「受験テクニック」とも言えるかもしれません。しかし個人的に「受験テクニック」という言葉は、まっとうな勉強ではない、みたいな批判的なニュアンスが感じられてきて好きではありません。僕の言いたい戦略というのは、知識をしっかりと身に付けた上で、その使い方にまでしっかりと気を配る、ということなのです。大学側が指定している受験の条件が限られた時間内で行われるペーパーテストで点数をより多く取る、というものである以上、やはり受験する側の人間はそれに従わざるを得ないでしょう。そしてこの条件に従うのならば、僕のいうような戦略に気をもむのも、決して邪道な手段ではなく、むしろ行ってしかるべき自然な努力なのではないでしょうか。

すこし話が飛ぶかもしれませんが、僕の高校の同級生について印象に残っているエピソードを話したいと思います。そんなに仲良くはなかったのですが、彼も理3志望で、模試ではよく隣の席に座ったりしていました。夏の東大オープンのときでしたが、彼は理科の時間の直前の休み時間に、大学の物理学の教科書をカバンから取り出して読み始めたのです。どうして受験の範囲から外れる大学の教科書を、それも模試の直前に読まなくてはならないのか、当時の僕には甚だ不可解でした。ただ、今になって思うのは、彼が行っていたのは「まっとうな勉強」であって、「受験勉強」ではなかったのではないかということです。もちろん、知識欲の赴くままにどんどん高度な内容を学習するのは素晴らしいことだろうし、それが学問の本来あるべき姿であるのは間違いないと思います。しかし、それをわざわざ受験期にやらなくとも、と僕なんかは感じてしまうわけです。私立高校なんかでカリキュラムに余裕があり、もう受験なんか眼中じゃない、みたいな人がそれをするのでしたら理解できます。しかし僕たちの高校は地方の公立高校で、進学校ではあったものの決して余裕のあるカリキュラムとは言えませんでした。「まっとうな勉強」をするのは少しばかり贅沢じゃあないか、と思ったわけです。そして、結果論であることは重々承知の上ですが、彼は受験に失敗しました。

この話で僕が何を言いたいのかというと、つまるところ、受験勉強に無理やり高尚な学問をねじ込まなくともいいのではないか、ということです。よく持ち出される「数学は暗記かそうでないか(そもそもモデルとなる解法を暗記しない思考なんてあるのか、と思いますがそれはひとまず置いておきましょう)」みたいな科白がありますが、地方公立でカリキュラムに余裕がなく、なおかつ受験勉強に使える時間も限られていた僕の立場からすると、点数さえ取れれば暗記でもいいや、と思ってしまわけです。もちろん暗記とはいってもAという問題にはA´という解法、Bという問題にはB´という解法・・みたいな逐一なものではなく、もっと抽象化・普遍化するのです。つまり、解法を覚える際に、その適用範囲がなるべく広くなるような形で覚えるのですが、まあそれは方法論の問題であって暗記であることに変わりはありません。とにかく、特に僕みたいな立場の受験生にとっては、綺麗な形でなくてもいいから、泥臭くてもいいから、こだわれる所にまでこだわって、そして1点でも多くもぎ取るということがどうしても必要になってくるのでしょうか。そしてそれをする以上、高尚な学問をしている余裕なんてものは生まれてきようがないはずなのです。いいじゃない、高尚なことは、受験が終わって、大学に合格して、それからやれば。受験勉強と学問はある意味割り切って考えるのもしょうがない、なんて思うわけです。大学に入るためには受験はしなければいけなくて、それは条件が条件である以上、点数を追い求めることは避けられません。それなのに点数を追い求めることをせず、高尚なことをして、それでもかつ大学にも入りたいなんていうのは、どうも矛盾しているように感じられるのです・・・。どうもデリケートな部分の話になってしまいましたが、あくまで僕の立場からどう感じたか、という意見にすぎないので、聞き流してくださっても一向に構いません。ここの部分の話は、やっぱり人によって思うところが全然違うと思いますし、僕は僕の思ったことをあくまで一例として挙げたかっただけなのです。

さて、話を戻しましょう。いざ戦略を立てよう、と思っても1周目の過去問でいきなりそれをするのはなかなか難しいものです。解くのに精一杯で、それどころではありません。細かいところにまで目を配るためには、やはりある程度の経験や慣れが必要で、そこに過去問を2周(もしくはそれ以上)行う必然性があります。そして戦略をもっている人は、行き当たりばったりで問題を問いている人よりも、本番で焦りからパニックに陥る危険性が小さくなります。自分はこう解く、という拠り所が出来るためです。そしてなにより、自分はこうする、という方法を信じて、それを貫いたならば、宙ぶらりんでいた場合よりは後悔も小さくなるはずです(この後悔の有無、という判断基準は受験期によく使えます。サボりたくなった時、ここでサボったら後悔すると考えれば、やらざるを得ない気持ちになりますし)。

なんだか戦略、といっても抽象的な印象を受ける文章だったので、最後に僕が戦略として捉えていたことをいくつか挙げておきたいと思います。

  • 字を丁寧に書く。とくに「の」は「α」に見えるのに注意する。
  • 理科は、物理(60分)→化学(90分)の順で解く。
  • 物理は、力学→熱力学・波動→電磁気 の順で解く。
  • 化学は、理論と無機の小問2題ずつのうち触れるもの(化学反応式、物質の色など)→有機→残った理論と無機の順で解く。
  • 理科の計算問題は計算に時間がかかるため、式だけをまず書いておき、最後に余った時間で計算をする。
  • 英語は、正誤問題(5分)→和訳(10分)→要約(10分)→パラグラフ整序(10分)→リスニング(前読み5分+30分)→英作文(15分)→長文(15分)(残りは見直し)の順で解く。
  • 国語は、漢文(15分)→古典(25分)→現代文(60分)の順で解く。
  • 数学はとにかく解ける問題から、(1)(2)が解けなくとも(3)が解けるみたいなこともありうる。

なんだか余計に抽象的になった気もしますが...