現役東大生理Ⅲブログ

東大生TMNブログ~受験生活編Vol.6~ 2010年11月

受験生活編|現役東大生理Ⅲブログ

■ 計画

東大模試でA判定を目指す

■ 使用した教材

過去問

なんといっても東大模試です。地方在住ということもあって、自分が全国レベルでどの程度の位置にいるのか、ということを把握する場は東大模試しかありません。なまじ夏の駿台の東大実践模試ではB判を取っていましたし、そこから3カ月ほど過去問の演習をすすめてきた、という自負もありました。受験勉強を開始した当初は、秋の大きな3つの模試(代ゼミ、駿台、河合)のうちのどれか一つででもB判定が出れば御の字だろうなどと考えていたのですが、目標は大幅に上方修正され、3つA判定をそろえよう(こんなとんでもない目標を立てられるのも地方在住による無知っぷりによるものです)なんてものになっていました。

日程的には、駿台の東大実践模試と河合の東大オープンが2週連続であったあと、2週間ほど空けて代ゼミの東大プレが行われることになっていました。夏の模試ではいったいどんな難しい問題が出題されるのか、どうせ解けないに違いない、力試し気分で受けよう、とかいった弱気なメンタルだった僕も、過去問の演習を通じて傲慢ともいえるほどの自信をつけていました。またまた地方を言い訳にして申し訳ないのですが、過去問を25年分解く人自体がほとんどいないので、相対的に自分がすごく高みに登った気がしていたのです。しかし、この自信こそが最大の落とし穴でした。

結果からいうと、駿台、河合は散々なものでした。どこか、これだけ過去問を解き重ねてきたのだから解けて当然(これも今から思い返してみるととんでもない思い上がりです)といった気持ちがあったために、いざ問題が解けないと焦りが生じ、さらにその焦りが問題を解くのを妨げるという悪循環に陥りました。心の中で「A判定」というものを意識しすぎたというのもあると思います。スポーツなどでよく言われることですが、結果を追い求めれば追い求めるほど、逆に結果は伴わなくなってくるものです。僕はまさにこの状況に陥っていました。

また、もうひとつ自分のウィークポイントが明らかになりました。前に言ったことがあるかもしれませんが、僕は受験勉強を「基礎(教科書)→応用(参考書・問題集)→発展(実際の二次試験のレベル)」と階段を上るように順番に行うのではなく、「発展→基礎・応用」と外枠を埋めてからその中を塗りつぶしていく、という方針で行っていました。前者の方法をとった場合、限られた期間の中で発展まで到達できるかが不安でしたし、また、先に発展に触れておくことで最終的にここまで到達しなくてはならないという目標が明確になり、受験勉強の見通しが良くなると思ったからです。具体的にいえば、まず粗削りながらも過去問に触ることができるだけの力をつけ、その後過去問を解く過程で漏れていた知識が現れるたび(25年分も解けば大体の知識は網羅されるでしょうから)逐一それを埋める、ということです。理論としてはなかなか出来がいいと思っていたのですが、やはり実践となると上手くはいきません。要するに、(粗削りな発展の部分はともかくとして)知識として定着していてしかるべき基礎の部分が、塗りつぶしきれないまま大きな穴として残っていたのです。

特に顕著だったのが理科と古典でした。理科は過去問を解いたはいいものの、結局中和の問題ではどうやって式を立てればいいのか、溶解度の問題ではどうか、円運動の問題ではどうか、波動の問題ではどうか・・などという具合に、基本的な方針の立て方がそもそも曖昧なままになっていたのです。古典はとにかく訳せない、意味が取れない。単語は覚えたはずでしたが、一つの単語に一つの意味を対応させていたにすぎなかったため、問題を解くときには使い物にならなかったのです。問題文を読む上での方法論(主語の取り方など)も出来上がっていませんでした。文法(これこそ基礎の代表格です)は曖昧に曖昧を上塗りしており、「あれ、どうだったっけ?」の嵐でした。

幸いなことに、代ゼミの東大プレまでには時間がありました。この間にするべきことはもちろん、理科と古典の基礎の洗い直しです。理科に関してはそれまで使っていたものよりもレベルを落とした問題集を、古典に関しては単語・文法のやり直しと合わせて古典常識や問題を解く上での方法論を解説した参考書を使うことにしました。この時期は受験期の中でも一番つらかったです。努力してきたはずなのに結果が出ず、それまでのすべてを否定された気になりました。かといって無気力になるわけにもいかず、それまでの自分の尻拭いをしなくてはならないのです。モチベーションが上がるわけがありません。

こうして、難しい精神状態の中で東大プレを受けることになりました。本番に臨む際のメンタルを考えると、秋の模試では一つくらい結果を出しておきたい。そして駿台と河合での失敗のせいでもう後がない。かといって結果を求めるともう一度同じミスを繰り返すことになる。そしてそもそも、自分は全国レベルで結果を出せるだけの実力に達しているのか・・。結果から言うと、この精神状況がプラスに働きました。駿台と河合での失敗の原因となった過剰な自信が吹き飛び、問題に対して謙虚な気持ちで臨むことができたのです。そのため解けなくても当然だと焦ることもなくなりました。判定こそC判でしたが、夏秋通じての東大模試ではじめて成績優秀者に名前が載ったのです。それまでは成績優秀者に載っているような人を想像することすらできなかったので、ようやくスタートラインに立つことができたと出来たと嬉しくなりました。沈んでいた気分も一気に盛り上がり、合格へのモチベーションも上がりました。

思い返してみると、この河合・駿台と代ゼミの間の2週間というのは僕の受験の中でも大きなポイントだったと思います。先の模試で結果が出なかった原因はどこにあるのかということを分析・反省し、適切な対処法を施し、そして後の模試での結果に結び付けることが出来たからです。この2週間により、僕は自分の強みが、失敗を反省してそれを改善する能力にあることを自覚しました。自分のどこが足りなくて、そこを埋めるために何をするかの選択の精度が高いのです。僕は合格の最大の要因がこの反省・改善能力にあったことを確信しています。