現役東大生理Ⅲブログ

東大生TMNブログ~大学生活編Vol.47~ 2013年7月

大学生活編|現役東大生理Ⅲブログ

二度あることは三度あり四度あり35℃あり……うつつとも夢ともつかない暑さで、七転八起か七転八倒か、来月を思うだけで胸がはちきれそうです。

さて、学校のほうは今月が一区切り。その締め括りとなる一週間の介護実習で、特別養護老人ホームのお世話になりました。漠然と想像していた排せつや入浴のケア、車椅子からベッドへの移乗など、どれもやらせてはもらえません。技術、プライバシー、なにより万一の場合に伴う責任を考えれば、素人に任せられる仕事ではないのです。たかだか一回の転倒が、骨粗鬆症と合わさって終身の寝たきりに結びつく。入居者の方々とのおしゃべりがほとんど、他に食事の後片付けが精々だった僕たち実習生は、むしろ見学生でした。

体験よりも認知が園長さんのねらいでした。医師の卵に現場の実際を植え付けて、将来における医療・介護連携の円滑化を図る。したがって、一週間という期間の短さにも関わらず、官公のデイサービス、リハビリ、訪問介護など、其々に丁寧な説明を添えて、ほんとうに幅広い現場を見ることができました。

おしゃべりの間、介護はなんといいものなのだろう、と思いました。たとえば病気による抽象化のようなものを経ない、なまの、個人と個人の関係があるように感じました。「ケアする側がケアされる」という聞きかじりもなるほど納得され、実際、仕事のやりがいはそんな関係性の中にあり、それまでの人生が肯定される気がするのだと語る職員の方もおられました。

けれどもこれは、見学者限定のうすっぺらな理想化にすぎません。現場の実際は膨大な入居者の対応に追われ、肉体労働のひずみがあちこちに生じ、しかも報酬はわずか。関係性に至るハードルは高く、乗越えは個人のボランティア精神に頼りきり。浅く広い見学を貫いた印象のもと、見学者の立場から何を言えるだろうと思いました。どんな理屈も現場から離れては無意味だと思いました。

それはそのままモラトリアムとしての学生生活を送る僕自身に跳ね返り、はやく職業に就きたい焦燥と今のままで大丈夫かとの不安と、半々なのが現状です。