現役東大生理Ⅲブログ

東大生TMNブログ~大学生活編Vol.33~ 2012年5月

大学生活編|現役東大生理Ⅲブログ

科学者なるものは自分しかわからない記号で頭の固まった、へのへのもへじのような人間の集団だと思っていました。しかし、じっさい理系の学部に進学して、ごく一角ではあっても科学の氷山に向き合ってみると、その認識が全く誤っていたことがわかってきました。科学者なるものはファニーでウィットの利いたアソビゴコロのある人々で、それは何よりも「名づけ」に顕著です。

だれでも知っていることを見てだれも知らないことを考えるのが科学ですから、必然命名の機会が多くなります。新しい粒子、新しいタンパク、新しい微生物、新しい惑星などなど、その範囲は無限小から無限大に至ります。紫式部は微細な感情描写のために自ら形容詞を創りだしたと聞きますが、これはちょっと科学の現場と似てはいないでしょうか。

体系性を重視するならば、階層的な分類を反映させて“Ⅰ-A-う-1”などとでもしておけばいいわけで、実際にそういう命名が少なくないことも事実です。しかしそれではあまりに無機質で、いつしか生身の現実から離れていく、それこそ意味不明な記号と化してしまいます。けれどもそういう整然さをいくらか犠牲にした、いってみれば詩的な命名からは確かな体温が感じられ、その背後に名付親たる科学者の人格までも伺えるような気がします。

ギリシア神話の英雄に由来するアキレス腱はもとより、ヒラメ筋なんていかにも美味しそうです。手の指をいっぱいにひろげると親指の根元にできる窪みはタバチエールといって、嗅ぎたばこの一服に用いられていた事に拠るそうです。肩こりは背中を広く覆う僧帽筋という菱形の筋肉に起こりますが、これはカトリック僧の頭巾がモデルです。傑作なのが馬尾で、これは腰部の脊髄を指すのですが、実際に解剖で開けてみれば、末端で密生する脊髄神経は確かにそれそのものなのでした。

解剖学に留まらず、例えば小惑星に震災被災地の名称を用いるアイデアなどは、東北出身者としてありがたい限りです。Amアメリシウムという元素は、まさに米国の愛国心の結晶でしょう。ところで、Npニッポニウムと称される元素が周期表に載っていたことがありました。ロンドン大学へ入学していた小川正孝氏による20世紀初めの仕事で、彼はそれを43番元素として発表しました。しかしながら、1930年代にTcテクネチウムが真の43番元素であるとわかり、Npは周期表から消えてしまいました。Npが43番ではなく一回り下の75番元素であったというのが真相で、それは現在Reレニウムとされています。原子番号が誤っていただけで、NpはReよりも20年近く前に発見されていたのです。自己主張しないことで損をしてしまうのは日本人らしいといえばそれまでですが、どこかそれをもどかしく感じてしまう部分もあります。

少し話がずれますが、僕の買った生化学の教科書は、裏表紙がビートルズのRevolverのジャケットのパロディになっていて、線画になった編纂者各位が誇らしげな表情を呈しています。アインシュタインのあかんべい、ひょっとしてこれが科学の性格なのではないでしょうか。眼鏡でみつあみな委員長の科学よりは、泥にまみれたいたずらっ子の科学の方が、もっとずっとおもしろいのではないでしょうか。