現役東大生理Ⅲブログ

東大生TMNブログ~大学生活編Vol.30~ 2012年2月

大学生活編|現役東大生理Ⅲブログ

高校の数学科のU田先生が、僕は大好きでした。定年間際、真っ白な頭髪といつも着ているヨレヨレでシミだらけの白衣がトレードマークで、穏やかな物腰は泰然自若そのもの、xやyがいつしか連句や漬物の作り方に発展していく授業は先生の人格で満ちていました。本格的に受験勉強を始めてからは問題集の解答を読んでも分からない個所を質問するため職員室に通うようになり、丁寧な説明にはもちろん満足でしたが、むしろ先生と二人で過ごす時間が楽しかったのでもあります。

ある日先生が「これを読むのは今の君にいいと思います」と一枚のプリントを差し出しました。それは他学年の授業のために大量印刷されたうちの一枚で、寺田寅彦の随筆の一編でした。「科学者とあたま」という文章だったと思いますが、いわゆる“頭のいい”人ほど“頭が悪く”なくてはならない、自分を絶対視してはならないといったことが書かれており、点数の上昇につれて高慢な態度を取りがちだった僕を、先生なりのやり方で、直接の会話を介することなしに、叩いておこうと思ったのかもしれません。まもなく高校の図書室から借りた「寺田寅彦随筆集」の第1巻が、結局在学中には読み進めることのないまま返却の機会を逃し、まだ自室の本棚に並んでいます。

そんなこんなでU田先生を思い出させずにはいられない寺田寅彦の随筆ですが、新しく購入した第2~5巻と合わせ、近頃ようやく読むことができました。

寺田寅彦は物理学者と文学者の二つの顔を持ち、東日本大震災後に話題となった「天災と国防」という本の著者でもあります。彼の随筆は一杯のコーヒーから師匠である夏目漱石の追憶に至るまで、とにかく話題が幅広いのですが、中でも興味深いのは満員電車をはじめとする日常の瑣末な出来事を科学的に検証する文章です。科学者でありながら科学の限界を自覚する寺田寅彦は、その枠組から外された現象をあえて科学的に取り扱おうと試みることで新時代の科学の可能性を示します。彼はこの作業を思いついた先から次々に行い、中にはこじつけもすぎるだろうと思えるものもあるのですが、それは本人も自覚の上で、むしろ自分の使命として捉えています。科学と文学の両方に足をかける存在として、意図的にその境界をかき混ぜ、慣習によってそれぞれの考え方が凝り固まるのを防いでいるのです。ここでもU田先生を思い起こされずにはいられません。

医学部の授業はどうしても科学に傾倒しがちで、精神すらも遺伝子という物質に落とし込んで考える様には少々うんざりしていましたが、寺田寅彦、そしてU田先生のような人を思うだけでも救われる気がします。思うに、多くの軸を自分の内に持ち、場合に応じてそれらを(ときには分離・融合させながら)使い分けることが重要なのかもしれません。