現役東大生理Ⅲブログ

東大生TMNブログ~大学生活編Vol.24~ 2011年10月(2)

大学生活編|現役東大生理Ⅲブログ

とうとうです。医学部の講義がはじまりました。重くて、濃くて、大変ですが、それでも勉強にやりがいを感じます。身も蓋もないことを言いますが、受験勉強とは大違いです。テストとか、点数とか、その類のものを意識することなしに、自分の納得だけを目的にできるのはいいものです。何よりもしっくりくるのが、学部の勉強の深く、細かい点です。

何かしらの空き箱があるとしましょう。ちょっとしたたとえ話です。中学の勉強はこの空箱を岩で一杯にしようとするようなもので、岩はすぐに箱の上端に達するはずですが、中は隙間だらけです。高校や大学の教養学部の勉強では岩が石になった分、隙間は小さくなりますが、やはり存在しています。学部の勉強からは、その隙間を非常に微細な砂で埋めていくような印象を受けます。これまで解決できなかったなぜ?どうして?に対する答えがついに得られたり、バラバラだと思っていた二つの事柄が実は繋がっていることが判明したり、何かを理解することの醍醐味を味わっている気がします。学部での専門としての勉強には曖昧な所がありません。教科書は専門書で、教授は第一線の研究者です。これまでの勉強とは、もちろん能動的、受動的という面も含めて、根本的に違う気がします。

僕がこうも前向きな勉強家になっているのは多くの先生方が共通して述べていた「独自性を追求しなさい」との教訓のためで、僕としても一度きりの人生、何かしら特別なことを成し遂げたいという野心もあります。しかし、独自なこと、新しいことをするためにはどうしても細かい部分、基礎の基礎がポイントになってきてしまいます。医者が難病で苦しむ患者を救えないことに憤りを感じ、どうにかして治療の道を切り開きたいと考えたとします。病気を治療するためにはそのメカニズムを明らかにすることが必要ですが、多くの難病ではそれが不明のままです。メカニズムが分からなければ本質的な治療は期待できず、対症療法に終始するほかありません。メカニズムの構築においてこそ基礎の基礎、たんぱく質や分子など、細かいスケールの物質が重要になります。新しいものを追求しようと本質に目を向ければ向けるほど、話はどんどん細かくなっていくのです。

僕は一応のところ臨床医志望ですが、上記のように病気のメカニズムに目を向ける必要が出てきた場合、せめて判明しているだけの人体のメカニズムを出発点にすることで、時間の無駄は大いに省けるはずです。これは特に生化学を言っているのですが、病気の名前や治療法の現れない学問も、その上に立って医学が構成されている以上、やはり治療における重要な武器なのでしょう。

とか言っていますが、単純に生化学が、というのもその教科書が、気に入ったというのが何よりも大きいです。幾つかの推薦図書で悩んだ結果、Molecular Biology of THE CELLという教科書を購入したのですが、これは良い本だと思います。しっかりとした内容を扱っているのですが堅苦しくなく、裏表紙がビートルズのパロディになっているなど、随所に著者の遊び心が散見されて楽しくなります。使われている英語も難しくなく、辞書さえあれば高校レベルの英語でも十分対応できると思います。そして思うのが、科学と英語の相性の良さで、英語の論理的な文章構造のおかげか、細かい話もすっと理解できます。

いずれにせよ、先は長いわけですから、息切れしないよう頑張ろうと思います。