現役東大生理Ⅲブログ

東大生TMNブログ~大学生活編Vol.14~ 2011年5月その2~

大学生活編|現役東大生理Ⅲブログ

暑い日が続きますし児玉清が亡くなりますしIMF会長はスキャンダルを起こしますしタイガー・ウッズは世界ランクのトップ10から外れますし、てんやわんやです。

蛙の解剖をしました。物理化学選択だった僕は、高校時代に解剖の経験がなく、そもそも高校で解剖をするものなのかどうかも知らないのですが、とにかく蛙の解剖は初めてです。古池や 蛙飛び込む 水の音 とも言いますが、この蛙はエーテル麻酔でピクリとも動かず、ケロリとも鳴かず、そもそも絵にならない牛蛙であって、あはれ●●●もなければをかし●●●もありません。もともと血液系の体験には苦しいものがある性分で、ブラック・ジャックでさえ無理な時期もあったりしたのですが、医学部のカリキュラムでは来年の今頃にヒトの解剖が待ちうけており、それを思うと嫌でも諦めがつき、淡々と作業を進めないわけにはいきません。蛙は麻酔で眠っているだけで、この状態の蛙から臓器を一つ一つ、ピンセットとハサミとメスで取り出していくにつれて、どこまでが生で、どこからが死なのかがぼんやりしてきました。普段は生についても死についてもあまり考えることもありませんが、こう直接にその境界に直面するとなると、どうにもこうにも、考えることを強いられてしまいます。胃や腸を全部取ってしまっても死にはしないでしょうし、肝臓や腎臓を全部取ってしまっても、すぐには、死なない気がします。心臓をとったら死ぬ気がしますが、しかし、脳に人工心臓を結べばそれはなんとなく生きているような気もします。生の根本は脳なのか、であるならば身体を全て失ったとしても脳さえ生きていればそれは生なのか、それも違う気がする、生には何が必要なのか、生とは何なのか、精神なのか、身体なのか、と、もう考えがヌルヌルになってたまりません。生と死の境界にかかわる議論というのは、ありきたりで、腐るほど目にしてきたものでしたが、こう、いきなり背中に突き立てたナイフのようにこられると、ぐさりときます。思考が未熟なのは百も承知なのですが、考えないわけにはいかず、考えることを止めるわけにはいかない気分になります。そもそも人間が蛙の命を断つことは正当なのか、正当とするならばそれはなぜか、科学の進歩のためにはどこまでのことが許されるのか、とか、これまたありがちな議論がどんどん頭に浮かんできます。蛙の解剖、と字面だけで捉えていたものに突如哲学的な意味が、吸盤のように、くっついてきて、びっくりしています。他人事だったいろいろの倫理的問題が個人的な体験に落ちてくる、篤い あつい 経験でした。

話は飛びますが、肉を食べる時なんかは、それはもう厚いものを、と欲するのが人の常でありますから、このごろ口にした厚い肉について書いてみます

1つは新宿のルモンドというステーキ屋さんのサーロインステーキ。そりゃあステーキですから肉肉しいことこの上ありません。ステーキの割にはなんとかなる値段で(450gでおよそ3000円!)、汁汁しいソースと絡めた肉は、つらいことの多い現代だけど、それでも現代に生まれてよかった、肉を食べない時代に生まれなくてよかった、と感じさせます。

もう1つは新宿のラーメン屋さん、満来のチャーシュー麺で、なんといえば一番感じが伝わるのか、なんというか、あれは、チャーシューです。チャーシューなんです。食後に思い出すのはチャーシューばかりです。どこかのレビュで「あのチャーシューは"枚"ではなく"個"だ」みたいな文面があり、本当にその通りなのですが、僕は"ガロン"で数えたいと、切に感じます。3cmくらいの厚さのやや小ぶりのチャーシューが2ガロン、5cmの厚みはあるであろうチャーシューが1ガロン、これら3ガロンのチャーシューで麺は見えなくなっています。琴欧州と春馬富士と白鵬で土俵が見えなくなっている、そう思ってもらえばおおむね間違いはないと思います。

肉という漢字についていえば、これは内と人を足して出来ているわけで、人の内にあるものとの身からしても、またこれ以上ないほど肉っぽいビジュアルにしても、漢字の傑作の一つといえるのではないでしょうか。

さて、ベッタベタですが、近日中にティファニーで朝食をとってみるつもりです。銀座でしょうか?パンでしょうか?サングラスでしょうか?「ティファニーで朝食を」ですが、もともとはマリリン・モンロー主演のつもりだったのを、オファーを断られ、オードリー・ヘップバーン主演になったとの経緯があるようで、その際、彼女の個性に合うよう脚本にも手が加えられたようです。僕のヘップバーン体験なんてせいぜい3、4本でたかが知れていて、さらにはマリリンの映画は見たことすらないのですが、なんだかヘップバーンっぽいなぁと思わせ、個人的にも気に入っている、背中を押されるような台詞があります。"バカだと思ってもいいわ""平凡であるよりいいことよ"熱い台詞です。

いやぁ、実にあつい毎日です。